遅ればせながら秋の個展、無事終了いたしました。
会期中は厳しすぎる残暑からようやく気温も下がり、恵まれたお天気の中で少し雨模様もありましたが、今年も多くのお客様にご来場頂けました。
ご多用の折に時間を割いてくださった皆さまに感謝いたしますと共に、残念ながらお越し頂けない旨をご一報くださいました方々にも、お気遣いに心から感謝申し上げます。
有り難うございました💝
今回のテーマは『A Study in Scarlet (緋色の研究)』。
コナン・ドイルの小説に掛けたタイトルですが、赤い宝石と人との関わりを歴史的な視点で紐解いてみようという試みです。会場に表示していたテキストをこちらにも掲載しておりますので、お読み頂ければ嬉しく存じます☺️
< A Study in Scarlet - 緋色の研究 - >
ルビー、スピネル、そしてサンゴ。赤い色の石達には、血にまつわる呼称が多く存在します。最上級とされるルビーはピジョン・ブラッド(鳩の血色)、ベニサンゴの鮮やかなものは血赤、更に濃く黒みを帯びるとオックス・ブラッド(雄牛の血色)。暗緑色に赤い斑が飛び散ったような模様のジャスパーは文字通りブラッドストーンと呼ばれます。赤い宝石を語る時、 “血” は避けて通れないキーワードなのです。
地中深くから出現する鮮やかな赤色に、古代の人々は血の巡りを司る力が有ると考えました。これは人類学における「類似の法則」という発想で “似たもの同士は影響を及ぼしあう” つまり宝石の赤色が、赤い血液に何らかの作用を及ぼすと信じられていたのです。この発想を起点に様々な行為が生み出されました。
戦の刀傷を避ける為に、御守りとしてルビーやスピネル、ガーネットを身に付ける。血の巡りを良くするにはサンゴを粉末にして飲む。またサンゴの粉末は傷口へ塗って血止めに使う。これらの行動を現代の科学に照らし合わせると、そこに明確な根拠は認められません。けれど当時はそれが最先端の理論であると信じられていたのです。いわゆる迷信やおまじない、社会人類学における「呪術」と呼ばれるものは、こうして世界各地で自然に発生しました。
英国王室コレクションで最も名高い「黒太子のルビー」を例に挙げてみると、真紅に輝くこの140カラットの石は14世紀にエドワード黒太子がカスティーリャ国王より譲り受けた品で、当時は王冠ではなく兜に嵌められており、黒太子はこの宝石を額に戴いて実戦に臨んでいました。この宝石は後にレッド・スピネルであった事が判明しますが、百年戦争やアジャンクールの戦いでも歴代の英国王が身に着けて戦い、兜は割られたものの宝石と本人は無事だったとの記録が残っています。王や騎士にとって赤い宝石は富と権力の象徴であると共に、災いから身を守るための装備であったといえます。
やがて武力から政治力へと権力の種類が変わり、更にそこへ体系化された宗教が絡むと権力者たちの生命を脅かすものは戦だけではなくなります。中世ヨーロッパにおいて最も恐れられたのは毒による暗殺で、ローマ教皇は毒を探知する御守りとして赤サンゴの枝で作られた
「ランギエ」を発明しました。
大ぶりのサンゴの枝に魔除けの石を幾つも吊り下げた「ランギエ」はやがて塩壺の装飾部分となり、食卓に置いて毒殺を避ける風習が流行します。ここでもサンゴが鑑賞する為の宝石でありながら、同時に毒から身を守るための実用品であった事が伺えます。
科学によって宝石を構成する元素さえ詳らかになった現代では、鉱物としての特徴以外に赤い宝石に何らかの超自然的な効用を求める事はまずありません。けれど科学が呪術や信仰と繋ぎ目なく繋がっていた時代の価値観で宝石を眺めた時、その鮮やかな緋色は私たちの心にどのような感情を呼び起こすのか。そんなことを思いつつ新作ジュエリーを製作いたしました。