2019-05-07

" It’s only Clothes "

連休明けと同時にNY メトロポリタン美術館ではファッションの祭典 MET GALAが始まり、朝からリアルタイムで発信されるゲスト達の華やかなコスチュームでファッションサイトやSNSは埋め尽くされています。

今年のテーマ『CAMP』はアウトドアの事ではなくユーモア、技巧、誇張といった"ファッション"という様式美についてのノート、という解釈だそうですが、テーマを深く考えずとも単純に奇抜の極みとも言えるシアトリカルな衣装に身を包んだゲストの装いは、改めてファッションの楽しさと高揚を感じさせてくれます。





さて、少し前になりますが、日本公開を楽しみにしていた映画『マックイーン:モードの反逆児』を観てまいりました。ファッション業界に巨大資本が介入し始めた90年代に瞬く間にトップデザイナーに駆け上がり、最後は自らの手でその人生までも演出してみせた英国のデザイナー、リ―・アレキサンダー・マックイーン。リアルタイムで彼の創り出すコレクションを毎シーズン楽しみに見ていた私にとっては、特別な思い入れのある映画でした。




それまでは業界誌でしか知ることのなかった、マックイーンの服を初めて目にしたのは2000年の始めくらいだったように記憶しています。イタリアでの式典とガラディナーに出席する為のドレスを探していた何件目かの店で出会ったのはシルエットが美しいイブニング用のソワレで、ダークグリーンのサテン生地を斜めに切り裂くように縫い付けられたジッパーの装飾が禍々しくも美しく、その迫力に衝撃を受けてウィンドウから暫く離れられなかったのを覚えています。

当然ながら価格が予算オーバーしていたことと、はたして二十歳そこそこの小娘がこの前衛的なドレスを着こなせるものだろうか....と逡巡した結果、諦めて至極無難なペールブルーのドレスに落ち着いてしまったのですが、試着すらためらわれたあのソワレをデザインしたアレキサンダー・マックイーンという名前に強烈な印象を持つきっかけとなりました。

それからはシーズンを追うごとに、想像をはるかに超える斬新なシルエットを現実にするカッティングの技術や、デジタルやロボット、画像投影など最新科学も取り入れたイメージ表現の巧みさに圧倒されながらも、創作の背景には常に闇を抱えているような不穏さが滲み、それが一層作品から目を離せない魅力となっていったように感じます。

そんな当時の感情も甦ってきて鑑賞直後は感想どころではなかったのですが、少し時間をおいて、この映画は一人の鬼才デザイナーのドキュメンタリーであり労働者階級の少年のサクセスストーリーでもあると同時に、彼に関わった全ての人達が大切に紡ぎ上げた、愛するリー・マックイーンへの追悼セレモニーだったのではないかという思いに至りました。

実際の出来事と本人の残したインタビュー映像、新たに撮影された関係者のコメントを織り交ぜつつ描かれた "記録"  がとてつもなくドラマティックな物語に昇華されているのは、時に物議を醸す程に想定外の演出で表現するランウェイショーと、緻密な職人技によって生み出される服の持つ力、そしてショーの世界観を音楽で見事に補完しているマイケル・ナイマンの曲の成せる技でしょうか。上映中の静けさと、時折啜り泣くような気配に満ちた空間が4年前にロンドン V&A美術館で開催されていた、回顧展とよく似た雰囲気だったのも印象的でした。(そしてエンドロールに誰も席を立たない映画も初めてです...!)


都内では連休明けも引き続き上映されるようですので、ファッションに興味のある方は勿論、あまり関心のない方でも、欧州に確固としてある階級社会の壁を破壊して道をつくった一人の芸術家の物語として観ると、また違った楽しみがあるかも知れません。


『マックイーン:モードの反逆児』ウェブサイト
  http://mcqueen-movie.jp/






このテキストを書いていて、そういえば載せていなかったことに気付いた2015年ロンドン本店のウィンドウ。回顧展にあわせ「Angels & Daemons」のショウピースを展示していました。細かな刺繍、そして木彫りのヒールの緻密な美しさは今見ても圧巻です。







15世紀の版画を思わせる図柄は最後のコレクションとなった2010-11年FW「Angels & Daemons」。本当は額装して飾っておきたいところなのですが、「 It’s OK, It’s only Clothes (いいんだよ、たかが服だ)」というマックイーンの言葉を思い出しては大事な時の装いに使う事にしています*